NEXT PAGE

back


OpeningAct. 1Act. 2Act. 3
Act. 4Act. 5Act. 6Act. 7
Act. 8Act. 9Act. 10Ending



Act.3 反法則の悪魔



――悪魔を恋の虜にするんだ。あっは。
マックスウェルの悪魔さえ従わせることが出来たなら、永久機関どころじゃない。
およそこの世に不可能はなし、だ。

― 竹本健治 『夜は訪れぬうちに闇』



長沢「まず、じゃあ、その女子大生から」

「はぁい。君野さんが連れていってくれますが、部屋に入る前に君野さんが紹介してくれます。『ここの患者さんは豊田(とよた)さんといって、大学で物理を専攻しているんです』」

芳樹「おっ!! これなーにー? って、いきなり見せちゃう?(笑)」

「というわけで入ります。このあたりの病室は全部個室になっていまして、患者さんは結構自分の好きなように部屋のレイアウトを決めたりしています」

長沢「入院ということは長期ですか」

「長期です。ちなみに彼女は肺を患(わずら)っています」

長沢「肺」

「穴が空いて大変だ(笑)」

長沢「カッチョイイ、若い、痩せ形の男性に多い――(笑)」


(トラペゾの自然気胸のことです。いやあ、あのときは大変でした)


「病室に入りました。豊田さんは二十歳くらいの、まあ、普通の顔立ちの女性ですね」

芳樹「APPは?(笑)」

「11、2ぐらい(平均よりほんの少し上?)。でも僕の好みの顔してる――って言っても解んないか(笑)」


(目が細めなことだけは確かです、はい)


「じゃあ、豊田さんに向かって、君野さんが『千尋ちゃんの弟さんです』と紹介してくれる。すると豊田さんが『あ、どうもこのたびは……。私も千尋さんには凄くお世話になっていて……とても残念です』と。
 ここは大変清潔感溢れた部屋でして(病室だから当たり前ですが)、コンピューターの端末がありますね。本棚もあって、専門書がたくさん並んでいます」

長沢「それじゃあですね――、死の直前に、姉に何かおかしなことはありませんでしたか?」

「『そういうことは、ないですね』」

長沢「あの夜に、何かおかしなこととかって、ありましたか?」

「『ああ、停電になったときですか? 大変だったみたいですよ。千尋さんがお亡くなりになっただけじゃなくて、向かいの部屋の葉山(はやま)くんが心臓の発作を起こしちゃって』」

芳樹「中学生の患者?」

「はい。『ナースコールの電源も切れてしまっていたらしくて、大変だったみたいです。咄嗟(とっさ)に呼べなくて』」

長沢「そのときは何してたんですか?」

「『私ですか? 寝てました。騒ぎで起きましたけど』」

長沢「なるほど……」

芳樹「じゃあ、これ(数式)について、知ってることありますか?」

「じゃあ、見せた」

芳樹「見せて、顔色を窺う。<心理学>05%に全てを賭けてぇっ!!」

(コロコロ……)

芳樹「あ、無理だ(笑)。――顔色は変わらないか」

長沢「いや、目に見えて変わったら判りますよ」

「目に見えて変わる。表情が」

芳樹「よっしゃぁ!(笑)」

長沢「見覚えがありますか?」

「『ええ。前に、見たことありますよ』」

長沢「どこで見たんですか?」

「『向かいの葉山くんが、私が物理に詳しいからと、これによく似た式を見せてくれましたよ』」

芳樹「ほぉぉ」

長沢「これがどういう式なんだか、解りますか?」

「『ええ。そのとき葉山くんに答えたのは、この式はどうやら、物理学のですね、熱力学第二法則――』」

長沢「? 熱力学というと、エントロピーが云々とか」

「YES、『エントロピー増大の法則に関係している証明式ではないかと、そう葉山くんには答えましたけど。葉山くんが、この式はどういう意味なのか相談しに来たんで』
 ――『でも、教えたといっても、向かいの葉山くん、凄く頭のいい子だから、私に訊くまでもなく知っていたかもしれませんよ』」

長沢「ほお」

芳樹「俺にはさっぱり解らねえ!(笑) エントロピーって何だぁっ!?(笑)」

長沢「(長沢は)知識はないけど、きっと、何となく解ってるんでしょうね」

芳樹「解んない。何が何だか解んない。力学? 何だそりゃ?(笑)」

長沢「うーん、うまく伝えられないなぁ、とか言ってます(笑)。
 ――じゃあ、ありがとうございました、と言って、出てそのまま、向かいの部屋に――」

芳樹「後ろからツンツンつついて――、ねえ、エントロピーって何?(笑)」

長沢「いや、うまいこと伝えらんないんだけどさぁ」

「エントロピーの解説、必要ですか?」

<一同>「必要でーす」

「じゃあ、豊田さんがついでに解説してくれたことにしましょう――」


 エントロピーとは「無秩序」のことであり、この宇宙、この世界にある全てのものは、常に「無秩序」の状態になろうとする(つまり「無秩序」の度合いをより大きくしようとする)――これが「エントロピー増大の法則」です。全てのエネルギーは「集」の状態から「放」の状態に向かいます(ちなみに、熱力学第一法則は「エネルギー保存の法則」です)。

エントロピーの増大

 具体的な例を挙げましょう。ここにふたつの部屋があるとします。部屋Aには、ある気体が充満しています。部屋Bは真空状態です。ふたつの部屋はぴったりと密着しており、間には一枚、仕切りがあるだけです。ここでAとBの間の仕切を取り払ってみましょう。するとAの中の気体分子は、Bの部屋まで充満していきます。やがて、AとB、全体に気体は広がります。両方の部屋に完全に気体が行き渡り、そのあとどうなるか? もちろん、何ごとも起こりません。そのまま、AとBに均等に充満した気体は、未来永劫その状態が続きます。これがエントロピー増大の法則です。
 ある日突然ひとりでに、AとBに均等に充満した気体が、再び、部屋Aだけに戻ってきて、部屋Bが真空になってしまう、などということは絶対に起こりえません。これが「気体」と「真空」でなく、「温水」と「冷水」でも同様ですね。間の仕切りを取ると、部屋Aの温水と部屋Bの冷水が混ざり、中間の温度のぬるま湯になります。このぬるま湯がひとりでに、温水と冷水に分かれるなどということはありません。

 煙突から吐き出された煙は一面に広がるだけでもとに戻りませんし、こぼれた水は広がるばかりでもとの入れ物には戻りません(覆水盆に返らず、の譬えどおり)。
 おならは一ヶ所に留まることなく分散してくれるおかげで、いつまでも臭くはありませんね。

 と、まあ、「熱力学第二法則」とか「エントロピーの法則」とか言うと難しそうに聞こえるかもしれませんが、何と言うことはない、我々の日頃の生活で常に目にしている、ごく当たり前の、常識的な自然現象なのです。

 さて余談ですが、我々人間の身体は細かな原子が寄り集まって出来ているわけですが、このように多数の原子が一ヶ所に集まって何かの形を為しているというのは、明らかにエントロピー増大の法則に反していますね。まあ、それが証拠に、やがて形あるものは壊れ、分解され、原子ひと粒ひと粒は世界中、宇宙中に散らばってゆくわけですが……。

 それと、トラペゾの知識に誤りがある場合は、どうぞご遠慮なくご指摘ください(なにぶん、"ザ・文系"なもので……)。宜しくお願い致します。




「――と、これがエントロピー増大の法則。それについて書かれた式ではないかと」

長沢「そういうことの、何というか、"振る舞い"を証明する式だと、そういうことですね」

「『ええ。ただ、ひとつ、おかしな点がありまして。……この式、とても頭のいい人が作った式に見えるんですけど、それにしては根本的な間違いを犯しているような気がするんです』」

長沢「ほう。というのは?」

「『エントロピーの法則を無視したことを前提にしている』」

長沢「はあ、はあ、基本的な約束事が守られていない――?」

「『守られていないんです。でもその割には、かなり高度な式なんです』」

長沢「ほーう。その、間違っているところがどう間違っているかって、訊けるんでしょうか」

「そうだねぇ――、どう間違っているか」

長沢「解りやすく」

「『そうですねぇ、喩えて言うなら、まるで、マックスウェルの悪魔が存在することを前提に書かれているかのような……』」

長沢「出ましたね、アレが(笑)」

「えー、マックスウェルの悪魔の解説ですか?」

長沢「そうですね。そいつがないと」


 マックスウェルの悪魔とは、エントロピー増大の法則をねじ曲げることのできる存在として、1871年にイギリスの物理学者ジェームズ・クラーク・マックスウェルが提唱した、架空の産物です。

 マックスウェルの悪魔にできることは、ただひとつ、分子や粒子などの細かい「つぶ」を選り分けることだけです。しかしこれができるだけで、一方的に増大し続けるエントロピーを停止させたり、あるいは逆に減少させてしまうことさえ可能となるのです。

マックスウェルの悪魔

 先ほどの部屋AとBの例えに倣うなら、間の仕切りの部分にマックスウェルの悪魔がいたとしましょう。悪魔は、気体の分子ひと粒ひと粒を捕まえ、部屋Aに放り投げることにより、気体は部屋Aから流れ出ることがなくなります。また、既に気体がふたつの部屋に充満したあとでも、マックスウェルの悪魔がちょっと「いたずら」をすれば、分子ひとつひとつを拾い出し、片方の部屋に集めることができるのです。
 これは「温水」と「冷水」のときにも同じで、既に混じり合って「ぬるま湯」となった液体を、マックスウェルの悪魔は「温水」と「冷水」に分かつことができます。分子速度の速い水分子は高温で、遅いものは低温なわけですから、悪魔はひと目でそれらを見分け、選り分けるのです。

 もしもこんな悪魔が実在したら、宇宙の法則は根底から覆されてしまうでしょう。水蒸気がひとりでに氷となったり、身の回りから突然空気がなくなってしまったり、といったことが珍しくなくなります。また、マックスウェルの悪魔を自由に操れるようにでもなれば、何もないところから無尽蔵にエネルギーを取り出し続けることが可能となり、「永久機関」の実現すら夢ではなくなるでしょう。

 もちろん、このような都合のいい存在は否定されています。ですが――本当に、完全に否定してしまってもいいものなのでしょうか? 宇宙誕生から今日までの間に、まだ一度も観測されていないだけで、いつどこで、拡散した気体が収束するという現象が観測されないとも限らないのですから……なんてね。




「――しかし、それがいるかのように、基本的法則をねじ曲げて作られている証明式と、こういうことですね」

長沢「ふうむ、なるほどぉ」

芳樹「芳樹は解ってない。――解んねぇ!(笑)」

長沢「こいつ(長沢)は飲み込みが早いと思うから、何となく、ああ、なるほど。
 ――じゃあ、それを心に留めて、向かいの部屋へ行きます」

「――と、いうところでですね、ここ(豊田の部屋)での長話のせいで、もう夕方です。
 ふたり(高坂&琴音)、合流していいですよ」

琴音「家で腹ごしらえしたあと、療養所へ行ったと」

「はい。というわけで合流しまーす(ふう、やっと合流できたよ)」

長沢「廊下に出て、ありがとうございましたー、と言って、エントロピーって何? とかいう話をしていると(笑)」

高坂「聞き覚えのある声が(笑)」

芳樹「解んねぇ〜と、ちょっと横のほうに顔を振った瞬間、にいちゃんがいて。――あれ? 何で、にいちゃんいるの?」

高坂「……遂に入院したか……(一同笑)」

芳樹「スティックを回し出す。ぐるぐる、ぐるぐる(笑)。
 ――あれ、姉ちゃんもいるじゃん。姉貴! どうしているの、姉貴も?」

琴音「あんたのほうこそ、何でまだこんなとこにいるのよ」

芳樹「いや、俺はちょっと――」

長沢「ああ、琴音さん、お久しぶりですと、かしこまって」

芳樹「顔を赤らめて(笑)」

琴音「あら、フミくん、ごめんなさいね。芳樹がまた迷惑をかけて(笑)」

芳樹「何で俺がいつもなんだぁ!」

長沢「いえいえ、今日は本当に手伝ってもらって――というような話を、ごにょごにょと」

琴音「本当に、大変なことになっちゃったわねぇ」


(合流し、互いに情報を交換し合う四人でした)


琴音「……とりあえず、暗くなる前に一回、現場を見ておきましょう」

長沢「じゃあ、そこに案内しましょう。君野さんにもついてきてもらって」

「ついてきまーす」

芳樹「中学生の患者はいいのかい?」

長沢「そうですね。――じゃあ、芳樹にふたりを案内してもらって、こっちは君野さんとふたりで、中学生のほうに行ってみます」

芳樹「ひとりでロールか(笑)。大丈夫か?(笑)」

長沢「こいつには自信があります。プレイヤーの自信じゃなくて、キャラの自信が(笑)」

芳樹「じゃあ、連れてく」

「じゃあ、先に現場のほうから」


(千尋の墜落現場に三人はやって来ました)


芳樹「一応、カメラに撮ったんだ、と"写るんです"を見せる」

高坂「本当に屋上から落ちたのかな」

芳樹「いや、判んない。でも変な数式は見つけたよ。――と、さっき書いた紙を見せる」

高坂「えっ? 数式? ――確か初耳になるんですよね」

長沢「さっき数式のことは伏せて話したから」

高坂「屋上? 屋上に何でこんなものが? 落ちてたの、このメモが?」

芳樹「メモじゃない。書いたの、俺が」

琴音「もう、まどろっこしいわね。じゃあ、屋上に上がって」

高坂「暗くなる前に」

「上がった。屋上のちょうど真ん中に」

高坂「書いてあるのはそれだけなんですよね」

「ですね」

高坂「ちなみにそれって、普通のチョークとか何か?」

「いや、何か黒いインクみたい」

琴音「ちょっと触ってみます」

「固まってるね」

芳樹「あ、これ分析して! 何で書いてあるか」

高坂「採取したい気はするけど……」

芳樹「警察の人に頼んでよ」

琴音「別にこれ、昨日今日書かれたものって決まったわけではないでしょ?」

芳樹「いや、もしかしたらこれに、何か変なものが混ざってるかもしれない」

琴音「あ、成分ね」

高坂「いきなり変なものが(笑)、混ざってたりするのかな」

芳樹「血で書かれてあったりして」


(鋭い!(笑))


琴音「――でも、ここから飛び降りるのって不可能だよ。だって、真ん中なんだもん、屋上の」

長沢「端までちゃんと歩いて行って、フェンスを乗り越えてからじゃないと」

高坂「――とりあえず、ハンカチか何かに取りたい気はするけど。どうやって取ろうかな」

長沢「何か書くものででも、カリカリカリ……っと」

高坂「じゃあ、それで」

芳樹「警察行ってらっしゃい(笑)。鑑識さんへ」

高坂「即ですか?(笑)」

琴音「――フェンスから下のほう覗いてみますけど」

「見ました。遙か下に花が見えるけど」

高坂「じゃあ、一応、実験ということで、本当に女の人がフェンスよじ登って、うまいこといくのかどうか(笑)」

芳樹「うちの姉ちゃん殺す気か!(笑)」

琴音「でもフェンス自体は、上れないことはないんですよねぇ。別にフェンスに何か変な――棘々とかついてないですよね」

「はい」

琴音「焦げてもないんだよね、フェンス」

「うん、綺麗なものです。まあ、ちょっとした汚れぐらいはあるけど」

高坂「周りの人に訊いてみましょうか。もしここで火が出たのだったら、明かりを見てる人がいるかもしれないですし」

芳樹「周りの聞き込み?」

琴音「でもあと、四階とか三階の窓から落っこったとかさぁ――。ちなみにこの真下のところって、窓とかありました?」

「なかったです」

琴音「なかった? じゃあ、やっぱりここからか。……別に、木も生えてない?」

「うん」

芳樹「……とりあえず、おにいちゃん、君野さんを調べられる? 全面的に俺は信じてないんだ」

高坂「あの目撃者? 調べるって、つまり、どうゆうこと?」

芳樹「彼女の過去を調べたい。身辺調査。プロでしょ?(笑)」

長沢「ジャーナリストをアゴで使う(笑)」

高坂「行くだけ行ってみようか、そんなに言うなら。……調べるって言ってもなぁ……警察で調べてるでしょう、目撃者のことは」

琴音「君野さん、別に変なとこはないと思うけど、私は。――どこか変?」

芳樹「うーん、調べてみたい気がする」

高坂「とりあえず、一遍、中に入ります?」

芳樹「とりあえず、中学生を調べるほうに合流」

「(長沢に)どうします? 合流してから入ります? それとも先に?」

長沢「いや、先に入ってると思います」

「はい」

NEXT PAGE

back


OpeningAct. 1Act. 2Act. 3
Act. 4Act. 5Act. 6Act. 7
Act. 8Act. 9Act. 10Ending