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Act.9 疑惑の隣人



もともと科学は哲学だった。宇宙の荘厳な秩序を研究する方法。
それ以外の何物でもないと、ピタゴラスもユークリッドもみんなそう考えていたんだ。
ところが、アルキメデスが純粋科学を生々しい日常へ引っ張り込んだ。
人間が宇宙を支配できるという傲慢な思想がそこに生まれた。

― 渡辺浩弐 『BLACK OUT』



「さて山田君、いつもどおり授業が終わって家に帰ると、隣102号室のドアの前に、ピザ屋の制服着たあんちゃんが立っています」

山田「おっ?」

「で、今まさにドアが閉まったところですね。『ありがとうございましたー』と言って、あなたとすれ違い帰っていきます」

山田「ノック。トントントン……」

「102を? ――返事はない」

山田「――――ちょっと、ピザ屋のお兄さんを――」

「バイクに跨ったとこ」

山田「あーっ、お兄さん、ちょっと待ってくださーい!」

「『はい、何ですか?』」

山田「今102号室にお届けしましたよね、ピザを?」

「『ええ……、それが――?』」

山田「102号室に、人いましたか?」

「変なこと訊くなぁ、って感じで頷くけど。『ええ、いましたけど?』」

山田「今まで、ノックしても返事されなかったんですよ」

「『いや、そんなことを私に言われても――あなた、嫌われてるんじゃないんですか?』(笑)」

山田「あ゛あ゛〜っ(笑)。――女性の方ですよね?」

「『そうですけど?』」

山田「うーん、解りました。どうもすいませんでした」

「はい。ブロロロ〜ンとバイクは去ります」

山田「いるんだけど返事がない……」

中村「ピザ屋には反応するんじゃないか?」

山田「ちょっと、寄ってきます。北村さんところと中村さんのところに」

「寄ってった」

山田「で――、(102号室に)いるみたいなんですけれども、食事のピザは配達で取ってるみたいですけれども、こちらのほうの連絡はしてくれないみたいなんですよ。――本人はいるようです」

中村「食事を取っているんだったら――」

山田「ああ、そういうことね」

中村「明日の昼か夜とか、また」

山田「朝は?」

中村「朝から出前は――どうだろう。まあ、やっぱり張り込みをするしかないんじゃないかなぁ」

山田「じゃあ、とりあえず、自分の部屋に三人入って、メール見てみる」

「特にないですねぇ」

山田「じゃあ、こちらから美穂さん宛に――、今日部屋にいらっしゃるようですが、返事がないのですが――と。打ちました。で、あとは……サイトのほうは、今日は特に変化はなし?」

「なしです」

中村「明日の昼から張り込みしようか。見張るしかないかなぁ」

山田「うん」

中村「そうしよう」

山田「明日になる前に、もう一回だけ部屋ノックしてみましょうか。――三人で、玄関先で」

「返事はない。鍵もかかっている」

山田「ドアスコープから中は――見えないよねぇ」



9月22日(金)――

「次の日」

山田「何か出前を取るところを、見張りを立ててチェックしておきます」

「じゃあ、午前中にデリバリーがやってくる」

山田「ついてく」

「ついてく? ――じゃあ、ピンポーン、ガチャって開いて、渡して、バタンと閉める」

山田「ああっ、早っ」

北村「何時、これ?」

「10時ぐらいかな」

北村「そのまま一日、張っていたいな」

「張っていると、夜になります。またピザ屋が――」

北村「6時頃?」

「もうちょっと遅いね」



9月23日(土)――

「今日もずっと張ってんの?」

中村「ピザ屋に化ける」

「化けた(笑)」


(<変装>ロールが必要でしょうが、そこまで頭が回らないくらい疲れておりました)


「でも、君の声聞かれると、ばれるんじゃないか?」

中村「それは別に、<声帯模写>で、ちょっと声を変えて」

「じゃあ、その日の夜」

中村「今、何時くらい? ピザ屋が来る前ぐらいかな?」

「どうでしょうね。今日もピザ屋が来るのかな?(笑)」

中村「うーん、判らないから、周りを見張ってて、ピザ屋が来たと思った瞬間にピンポン押して――という作戦にしよう」

「じゃあ、今日は――デリバリー弁当でした(一同苦笑)」

北村「見られてるっ!?(笑)」

山田「いや、デリバリーとピザ屋がグルだ(笑)」



9月24日(日)――

中村「じゃあ、今度は弁当屋に化けて――(笑)。さすがに午前中からピザはないだろう。あったらおかしい」

「それじゃあ、お昼頃ピザ屋が来た(一同苦笑)」

山田「朝めし抜きだよ」

中村「何〜ぃ」

「何とかしろよ」

中村「どっちでもいけるように、身体の半分から服を変えておく(一同笑)。半分ずつ化ける」

北村「どっちでもいけなくなるじゃん(笑)」

「不自然だ。不自然すぎる(笑)。横しか見せないで(笑)」

中村「横の姿だけ見せればいいじゃん」

北村「別に、開きゃいいんだけどね(笑)」

中村「――まあ、格好はどうでもいいんだけどさ、本当は。見張ってて、来た瞬間に、どっちが来たかを言ってほしいんだけど。あとはインターホン越しにごまかす。その作戦で行く」

「じゃあ、陽も落ちたぐらいかな、デリバリー弁当屋が来た」

中村「弁当屋来た? 連絡を受けて、すぐピンポンを押した」

「押した。するとインターホンで『はい』と女性の声が」

中村「弁当屋の名前を言って、お届けに上がりました、と言う」

「『はい』と言って、インターホンを置く音。で、ドアのすぐ向こうで気配が動いて、カチリ、じゃらら――チェーンを外す音が」

<一同>「おっ」

山田「入るチャンス!」

中村「で、開いたら足を入れる体勢をしておく」

「それっきり、シーンとしてますね。ドアは開きません」

中村「ドアのすぐ前にはいないつもりだったんだけど――」

「でも、声色変えてないんじゃない?」

中村「あ、変えてないか。変えたとは言ってないか」


(本物の配達員がドアの正面に立たないというのも、おかしな話ではありますしね)


中村「そろそろ本物の弁当屋が来るのかな?」

「来るでしょうね」

中村「じゃあ、隠れる。で、その様子を見る」

「普通に弁当渡して帰っていった」

中村「……次の日またアタックしよう。今度は万全の体勢でいこう」


(このままでは埒が明かないと判断したキーパー、強引に話を進めることにします。プレイヤーには"出前持ち作戦"から離れてほしかったのですが、そうもいかないようですので)


山田「…………この日、メールは?」

「三人でストーカーみたいな行為をしているとだね、メールが来た」

差出人:ayasemasaki

送信日時:****年9月24日 18:50

宛先:********.***.**.**

件名:final message

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お見せしたいものがあります。
オフラインでお会い致しましょう。
お待ちしております。

山田「オフライン……?」

中村「場所は書いてないの?」

「うん」

中村「そうですか――」

山田「やっぱりアレしかないんだよ(笑)」

中村「ということは、隣の部屋に行って――」

山田「いやいやいやいや」

中村「え? 隣の人じゃないの?」

山田「そうなの?」

中村「場所が書いてないっていうことは――隣の人が、その名前(ayasemasaki)を使ってやってるんじゃないかい?」

山田「じゃあ、行ってみる?」

中村「うん」

山田「じゃあ、行ってノック」

「すぐ隣の部屋(102)行ってノックした。――返事はない」

山田「なるほど。――やっぱり"あっち"のほうだよ。……ディスプレイつけたいんですけど(笑)」


(山田は、モニター上の3Dモデルに触れたときに連れて行かれるであろう場所に、アヤセマサキがいると考えているようです。また、なぜこのときに限って、毎回しつこいほどにチェックしていたドアの鍵を確かめなかったのかは、永遠の謎です(笑)。うまくいかないものです)


「それでは、鍵が開いた」

山田「んっ?」


(しかたないので、今開いたことにしました)


「……でも返事はない」

山田「スッと開ける」

「開けた。玄関には誰もいない」

山田「あら?」

「廊下が奥の部屋に続いているよ。君のところの造りと同じように」

山田「誰が開けたんだ? 明かりは?」

「点いてない。ちなみに今は夜」

山田「電気は――?」

「点けたかったら点けていいよ」

山田「うん、点けて、中に入っていく」

「廊下が真っ直ぐ伸びていて、横にトイレ、バス、洗面所、キッチンとある。で、奥にドアがあって、その向こうにワンルーム」

山田「パソコンは?」

「まあ、奥の部屋でしょうねぇ、たぶん(笑)」

中村「奥に行こう」

山田「うん」

「誰が先頭?」

山田「じゃあ、私が先頭でしょう」

「入ると、前に来たときとだいたい同じようですが、パソコンが豪華になっていますね。色んなものがつけ足されてる。メモリやらハードディスクやらモニターやら本体やら、まあ、色々と増設されているね」

山田「はぁぁ」

「で、パソコンが載せられている台の横に椅子があって、そこに――彼女が腰掛けています」

山田「あっ、いるんだ」

「君たちのほうを向いて――右手を真っ直ぐ前に突き出している。その右手には――拳銃のようなものが握られています」

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